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いよいよ、王家の谷へ 

ホテルを出発して、バスでルクソール西岸へ。
橋で東岸から西岸に渡り、さらに内陸に向かって走ります。
ナイル側沿いは緑で青々として畑が広がっているのですが、すこし内に入ると
とたんに周囲は砂だらけに変わってきました。

20分ほど走った後でしょうか、王家の谷の観光センタに到着です。
ここでツアーガイドさんがまとめてチケットを購入し、いよいよ王家の谷へ。

まずはこのような電気トロッコに乗って内部まで進みます。
徒歩の人たちも見かけましたが、ここは体力温存ということで。この時点でもう空は青く
晴れ渡り、サングラスなしでは光が強くて目が開けられない状態です。

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トロkッコを降りたところ。一面、岩・石・砂が広がっています。
植物などまったく存在しておりません。

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なぜ、こんな地帯に穴を掘ってお墓を作ったか、なのですが、一説にはこの中央の山の
頂の三角をピラミッドに見立てたのだそうです。ピラミッドに見立てたその下にお墓を作り、
来世を願ったのだとか。

古代より度重なる墓泥棒(豪華な副葬品目的で)により、安らかな眠りが妨げられることを
恐れたため、この地にお墓を作ったのだそうですが、結局はほとんどが盗掘にあって
しまったとか。

唯一残っていたのが、かの有名なツタンカーメンのお墓。
お墓があったことすら忘れ去られ、その上に人夫小屋が建てられていたためにずっと
長い間盗掘にあうことなく至ったとのこと。

王家の谷では、3名のファラオの墓への入場と、ツタンカーメンの墓入場の2枚チケットが
必要です。ツタンカーメンのお墓は特別扱い。

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こちらはツタンカーメンの発掘の様子を記した資料がある休息所。
このあたりも特別扱いです。

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ツタンカーメンのお墓の入り口。「No62」というのは、62番目に発見されたお墓ということ。
子供のころから、ハワード・カーターの発掘の話など図書館で本を借りて一生懸命読んだ
ものです。そのツタンカーメンといよいよ対面。

ツタンカーメンのミイラが82年ぶりに王家の墓の外に運び出され、初めてCTスキャンで
調査した時の映像をテレビで見ました。そのときに、すっかり炭化した?かで真っ黒に
なったツタンカーメンの素顔を見たのですが。なんと、今ツタンカーメンのミイラは今まで
眠り続けていた石棺から、ガラスケースに移って見学できるというではないですか。

それだけでも、遠くエジプトまで来た甲斐があるというものです。
古代エジプトファンにはとても夢のような出来事です。今まで、ツタンカーメンのミイラ
だけはカーターの遺言によりお墓の石棺の中で永遠に眠り続けているということを
聞いていたのですから。ツタンカーメンの素顔とのご対面です!
・・・と今思い出しただけでも興奮しているのはツマだけかもしれませんが。

お墓の内部は本当にファラオのものとは思えないほどこじんまりしていました。
後でカイロ博物館で見た、豪華巨大な厨子でもう満員状態の玄室。
今も鮮やかに壁画が残っているのですが、神官のアイ(ツタンカーメンの死後に王位
を継いだ)がヒョウの毛皮をまとい、とてもセクシー?なのが印象的でした。
確かツタンカーメンが死亡した時点でアイは相当なおじいちゃんだったはずですが。

そして、石棺から移動してガラスケースに収められているツタンカーメンのミイラとも
感動のご対面です!やっぱりテレビで見たとおり、黒っぽくてかなり小柄(実際には
ミイラになる過程でサイズが縮んだはず)な王様でした。小柄でしたが、果たして
少年の若い王だったのかは、ミイラとなったところではもうわかりませんでした。

有名な黄金のマスクのような顔立ちだったかなあ・・とじっと見たのですがよく
わかりません。
ちょっと口が開いてだいぶお疲れ~といった雰囲気に感じてしまいました。

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そして、なぜかラムセス2世には反応してしまうツマ。
王家の谷でもしっかりありましたよ。「ラムセス2世の王子たちのお墓。」
100人とも言われるラムセス2世の王子たちのお墓とみなされているそうです。
非常に巨大で、現在も調査中ということです。

ツタンカーメンのお墓以外では、ラムセス1世、3世、4世と見学しました。
いずれも中には何も残っておらず、色鮮やかな壁画が残るのみ、でしたが
古代エジプト人の世界観がわかる絵があったり、死後の世界の様子が
描かれていたり。。

もっとじっくり見たかったのですが、どれも時間制限が(ツアーの悲しさ)。
灼熱の中で、いるだけで体力消耗してしまうので実際、時間がたっぷりあったと
してもへろへろだったかもしれません。
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ルクソール西岸観光、つづく 

王家の谷の観光が終わり、またバスに乗って今度はハトシェプスト葬祭殿へ。

朝10時前だというのに、日差しが強くて参りました。
葬祭殿めざしててくてく歩きます。本当に砂の中にあって湿気とは無縁の世界です。
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ここで、1997年にテロで日本人を含む観光客が多数死亡したんですよね・・。
ハトシェプスト葬祭殿は、今でも多数観光客がつめかける人気スポットですが、それでも
銃を持った警備体制。
アルシンベルの強行バスツアーの時もそうですが、こういう場面でやはり危険がない、
とは言い切れないのだなあと実感します。

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こちらは、ハトシェプスト葬祭殿の隣に石の残骸だけ残っている、メンチュヘテプ2世の
葬祭殿のあとらしいです。中王国時代のもの(ハトシェプスト女王は新王国時代)と
古い時代であることは間違いないのですが、それにしてもなぜ彼女の葬祭殿は
こんなにしっかりと残っているのでしょう?

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葬祭殿を後にし、今度は貴族の墓に行きました。
「泣き女」で有名な、ラモーゼの墓へ。

貴族の墓のある周辺は、どこがお墓でどこが現在の居住なのかがよくわかりません。
日干しレンガ造りというのもありそうですが。

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ラモーゼは、アメンヘテプ3世とアクエンアテン(その次のファラオがツタンカーメン)
に仕えた宰相で、お墓の中にも立派な閉花式のパピルス柱が立ち、とても立派な
造りでした。お墓の中のレリーフがとても精巧で美しかったのですが、残念ながら
こちらも写真撮影は禁止。泣き女もしっかりと記憶してきました。古代のものとは
思えない鮮明な色合いと、嘆き悲しむ様子がまさに「胸をかき抱いて」というか・・
(まあ胸をはだけてというのが正確です)形式として決まっているのだと思います。

お墓の中は結構しのぎやすかったのですが、一歩外に出るとまた灼熱の世界に。
乾燥しまくりの暑さにツアーメンバもすっかりばてばて。無言でバスに乗り込み、
ミネラルウォーターで水分補給に努めます。

西岸観光の最後は「メムノンの巨像」。
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アメンヘテプ3世の姿ということですが、この像の後ろには、アメンヘテプ3世の
葬祭殿があったのだそうです。ちょっと写っている観光客と大きさを比較すると、
相当巨大なものだったのだろうと推察されます。

このあたりでだいたい11時頃だったと思います。
午前中の時間帯でしたが、あまりの暑さに相当体力を消耗しました。

ツアーにつきもののお土産屋さんに立ち寄ってから、お昼を食べてホテルに
戻りました。夕方ルクソールを発って、空路カイロに戻ります。
その間は各自休息をとってください、ということでしたが・・・。

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バタンキュー状態のツマ。その後、夕方まで記憶がありません・・・。

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下町ビアホール・ガブリエ 

スローペースでエジプト旅行記録を更新していますが、その合間に最近見つけた
ビアレストラン情報を。
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近所にビールを楽しむ場所がない、といっていたオット念願のお店です。
歩いてすぐ。深川不動のすぐ近所なのですが、永代通りから2本ほど奥に入った
ところにあるためか、ちょっと場所がわかりにくいです。

ツマの記憶によると、以前はイタリア小料理屋で、その後カジュアルフレンチだった
ところが今度はビアレストラン。

特筆すべきは、ビールの安さ。ギネス1パイント750円はおそらく東京で一番安い
のでは。通常のビアパブだと900円~1000円はしますので。
キルケニーも同じく750円。当然ながら、オットは両方を楽しんでました。

お店に行ったのが9月中旬だったのですが、今でもこの格安価格なのか不明です。
ビールの種類自体はそんなにはありませんが、いずれもお値段はかなり格安です。

このお店で特筆すべきは、ビアレストランといいつつ食事もしっかりできるところ。
もとフレンチだったからかもしれませんが、どれも美味しくいただきました。

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「パテ・ド・カンパーニュ」。豚とレバーにレーズンの甘みがいい感じです。

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「鴨のコンフィ」。オットが大好きな一品。かりっと焼かれていてしっかりとした
味付けでした。これが800円とは驚きです。

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「牛舌(タン)とインゲンのサラダ」。サラダ仕立て、という感じでしょうか。あまり
ドレッシングの酸味が強くなく、ジャガイモも入ってなかなかのボリュームです。

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ミッキーという、ネズミランド好きな人だったら目を輝かせそうなアメリカのビール。
オットも初めてだそうで、注文してました。瓶の形がユニークです。
味自体はラガーで軽め、ということでした。日本のビールが好きな人にはいいかも。

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ムール貝のワイン蒸し。ムール貝の粒が大きく、こちらも食べ応え満点。
この日はちょうどサービス?で通常900円のところが700円に。

どの料理もしっかりとした本格的な味付けで、フウフともに大満足でした。
ちょっと調子の乗って2人とも食べ過ぎました。ビールを飲みに行って食事も
満足できる(そしてリーズナブル)ビアレストランはあまりないので、その点
でポイント高め、です。

下町ビア・ホール Gaburire(ガブリエ)
江東区富岡1-8-7
03-3643-0115

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ルクソール発、カイロに戻る 

ルクソール西岸観光後、ツマはバタンキューでしたが。
オットはバルコニーから外の風景を色々撮っていたみたいです。

今回は、「眺めのよい部屋に泊まる」ということでしたので、どのホテルも
ナイル川がよく見える部屋でした。

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ナイル川を、ゆったりとファルーカが進んでいます。
向こう岸はルクソール西岸。ちょっと奥に入ると、あの砂と灼熱の地になりますが
ナイル川岸辺は青々とした緑でのどかな雰囲気。

熟睡中のツマ、ラゲージアウトのちょっと前にようやく目覚めました。
かなり大慌てで荷物のパッキングをし、ルクソールの飛行場へ。

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飛行機が出発したのは、日没ちょっと手前のタイミング。
日が沈みかけの空って、幻想的でとても美しい。

カイロに到着したのは夜でした。荷物を受け取り、バスで宿泊先のホテルへ。
カイロで最後に宿泊したのは、ナイルヒルトン。老舗ホテルでした。
この部屋からもナイル川がよく見えます。

本日はホテル到着後は、各自夕食をとって後はフリータイム。
夕食はホテル内のレストランでバイキング。

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多少は西欧の雰囲気が・・・。でも、味付けはビミョウでした。
西洋料理というよりもちょっとアラブーな味付け。
意外にも、味付けご飯が香ばしくて(見た目はいまいちですが)
美味しくいただきました。

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そして、ここでもやはりオットはオット。(体調は低空飛行でも)

目ざとくドリンクメニューから、エジプトのビール、「サッカラ」の生ビールを
見つけて注文していました。このビール、ちゃんとグラスもサッカラのピラミッドの
イラストがついているのですよ。

軽い味わいで、エジプトのような暑いところで飲むにはちょうどぴったり、
としっかり飲んでいました。お代わりしなかったところ、まだ本調子ではないのですが
それでも注文しないわけにはいかないらしい・・・。
アスワンでは流石にビールの気分ではなかったらしいので、その点ではかなり
復活傾向ということでしょうか。

のんびりと食事をし、ホテルの部屋に戻ってその日はゆっくり休みました。

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エジプト ビール事情 

なんといってもビール好きなオットなので、旅行中はどうだったのか
帰国してからもよく聞かれました。

たしかにビール好きではありますが、休みの日に朝からビール三昧という
飲み方はしないようです(ツマの観察によると)。日中にビール飲まなくても
大丈夫かなあとエジプト旅行中にも観察しましたが、とりあえず日中は
ソフトドリンク類でした。ルクソール、アスワンでは不調でしたのでビールを
飲む気がしなかった模様。

とはいえ、それなりに元気な時にはやはり未知のビールは試さないと、という
ビール好きの習性が・・・

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カイロに戻ってきてから、生ビールを注文していた「サッカラ」のこちらは
缶ビール版。ギザのホテルのミニバー(冷蔵庫)に冷やしてあったのを
シャワーを浴びた後にしっかり楽しんでいたみたいです。

オリジナルはこちら↓
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写真は再掲ですが、サッカラのピラミッド。
最古の階段状ピラミッドがビール名になったのですね。

日本ならすなわち「仁徳天皇陵」ってところでしょうか!?
そしてラベルには前方後円墳のイラストが・・・(どうもピンときませんが)。

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