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エジプトの思い出に 

旅行に出かけても、記念にと小さなモノを購入することが多いのですが、
エジプトでは我が家基準にしては、かなり「大モノ」をお持ち帰りしました。

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ツアー途中で強制的に立ち寄る、パピルス屋さんで一目ボレして
購入。エジプトの古典的な絵柄なのだそうです。確か「幸福の木」を題材に
しているらしいです。

なんとなく、リビングに飾るといいかなあ、と色々吟味した挙句に一番初めに
見て「いいなあ」と思ったモノを選びました。

サイズは、縦が90cmちょっと、横が60cmちょっと(絵柄部分)。
円筒の筒に入れてもらって、移動の都度オットが持ち歩いてくれました。

無事に日本まで持ち帰ってきたのですが、さて、それから1ヶ月以上過ぎて
そろそろ2ヶ月近くになるのですが、いまだ額を物色中。
銀座の伊東屋に下見に行ったのですが、かなりの高額。

で、帰国してしばらくしてオットは多忙、ツマは新しいプロジェクト立ち上げ、で
ばたばたしているうちに今日に至ってしまいました。

手軽な額購入のためにも、この週末には東急ハンズやLOFTにも出向こうかと
ツマ、思考中。 おススメのお店などありましたら、コメントいただけると幸いです。
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最後の〆はやはりビール 

エジプト最後の夜、ホテルの冷蔵庫をがさがさと物色していたオット。

その後、ルームサービスのメニューと見比べてました。どうも気になるビールが
あったのに、ホテルの冷蔵庫には入っていなかった模様。

ホテルの内線をかけて、ルームサービスでオーダーしていました。
(ツマも便乗してコーヒーを注文)

しばらくして、立派なトレイにのってやってきたこちら。
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アルコール度数8%って、ビールにしてはかなり高めじゃないですか?

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ホテルのバルコニーに出て、外の景色を眺めながらのんびりパブ?タイム。

こうして、エジプト最後の夜は過ぎていったのでした。

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カイロ市内のナイル川 

カイロでも、やはりホテルの部屋からナイル川が見えました。

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アスワン、ルクソールと比較すると、都会を流れています。
それでもなんとなく、のんびりした感じが漂っているのは河岸の緑のせいでしょうか?
整然と並んでいる、というよりも自然に育ちました、というように思えます。

ナイル川沿いの夜景。(写真はちょっと大きめ)

水銀灯の灯りがオレンジ色でぼやっとしています。そういえば、子供の頃にいた
ジャカルタでも水銀灯だったなあ、と遠い昔(何年前のことやら)を思い出しました。

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1枚目の写真とちょうど同じ方角を撮影。大分暗くなっています。

それなりに落ち着いた雰囲気に思えますが・・・
実は、ちょうど金曜日の夜だったことと、ラマダン中だったこともあり、ホテルの前の
通りは夜ふけになると人で混雑していました。音楽も鳴り響き、かなりの賑わいでした。

どうもこの周辺はデートスポットらしく、賑やかな音楽を鳴り響かせた小型船がナイル川を
渡っていたり(それもカラフルな電球で飾りつけ)、とエジプトの若者の青春?を
垣間見たひと時でした。

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ナイル川 ディナークルーズ 

エジプトツアー、最後の夜は「ディナークルーズ」でした。

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船内は思った以上に広々としています。室内の装飾はアールヌーボー調。
ちょっとエジプトとは違う?という感じはします。
観光客、特にツアー客ご一行様で船内賑わっていました。日本人ツアーもいましたが、
欧米ツアーの人達も多かったです。いわゆる観光の目玉ってところなんでしょうね。

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食事は、オードブルとサラダはバイキング方式。
メインは肉か魚を選択します。フウフそれぞれ肉と魚を注文してみました。
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肉料理(ビーフステーキ)。こちらは相変わらず?のウェルダン状態でした。
エジプトで肉汁したたるステーキって高級レストランでもないとお目にかかれない
のでしょうか?
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こちらは魚料理。肉も魚も、どちらも焼いたところにソースがたっぷりかかってちょっと
フレンチ?風。日本の繊細なフレンチとはほど遠い世界でした。

もっとも、今回のツアーは食事は目的外でしたので、まあこんなものかなあという感じです。
でも、ヨーロッパ(フランスやベルギー方面、ドイツはちと違いますが)でも、味付けは
ダイナミック・・というかかなり大雑把な感じがします。塩味はストレートに塩味、日本で
いうところの「旨味」とは大分違いますね。そして、本格的な料理となると、とてつもなく
お高い。

料理の点では、日本のレベルが高いということでしょうか。
そこそこのお値段でも、かなりレベルが高いと思います。

・・・と料理の方はさておき、ディナーショー。
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ラマダン中なので、ベリーダンスはやらないと聞いていたのですが、しっかり露出度
高いダンサー登場。ここはイスラームとは別世界?ツアーガイドのモハさんも意外そう
でした。

それにしても、胸の谷間と迫力が・・・自分と比較してはいけません。

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そして迫力満点だったのが、男性によるスーフィーダンス。
はじめはスカートのような布を身にまとってぐるぐる回転を続けるのですが、途中から
その布を持ち上げた状態でずっと回転を続けます。

プロとはいえ、よく目が回らないものだと感心することしきり。

ダンスに魅入っていたら、あっという間の時間に感じられました。
気がついたらデザートも終わり、下船タイムです。

異文化の中、カイロに戻ってだんだん欧米に近くなってきた、そんな感じがした
エジプト最後の夜でした。

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エジプト考古学博物館 

不思議なエジプト風中華と遭遇した後は、いよいよエジプト考古学博物館へ!

考古学ファンでなくても必見の、ツタンカーメンの黄金のマスクはこちらに展示
されているのです。

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この博物館も、館内は写真撮影禁止。

ということで、ツタンカーメンの黄金のマスクの後ろ側の細工の部分の精巧なつくり
とか、色鮮やかな宝飾品の数々。ツタンカーメンの財宝エリアとは対照的に
雑多のもので埋め尽くされている、他の時代のエリアとか。

とても男性とは思えない、アマルナ芸術の傑作ともいわれる(でもちょっとビミョウ)
アクエンアテン王の巨像とか。

どれもこれも、自分の目にしっかり焼き付けるだけなのです。
うーん、残念。

小学生の頃にわくわくして読んだ、ツタンカーメンの発掘記でその頃によく意味が
わからなかった「厨子」の本物も自分の眼で確かに見ましたし。こんな巨大なもの
がツタンカーメンのあの小さなお墓によく入ったものだと実感しました。

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博物館の入り口前には、上エジプトの象徴である蓮(ロータス)と、下エジプトの
象徴であるパピルスが植えられています。
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スフィンクスも本物。この博物館で、唯一本物でないのが、入り口近くに展示してある、
ロゼッタストーン。本物は大英博物館に展示されています。

ロゼッタストーンの実物は、学生の頃に大英博物館で見て、これがヒエログリフ解読の
手がかりになったのか・・・と感無量だったことを思い出します。その当時は、ロゼッタ
ストーン自体がむき出し状態で展示されていました。本当に手の届く距離だったのですが、
今ではどうなっているのでしょうか。

それから20年近くが経過し、ようやくエジプトにたどり着き、子供の頃に色々と思い描いて
いた実物の数々を目にしたわけです。感慨深いひと時でした。

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カイロにて衝撃?の中華に遭遇 

ツアーのランチはエジプト料理が多いと書きましたが・・・
最後の日のランチは、驚きの中華料理でした。

こちらもツアー客向けレストランのようでしたが、入り口に「コリアチャイニーズ」
という謎の記述が・・・。

ご飯の入れ物は、確かに韓国料理で出てくるものでした。
そして、キムチのお皿も。(ほとんど誰も手をつけませんでしたが)

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写真中央の卵スープは確かにそれなりの味です。
が、左後ろに写る謎の物体・・・「白い麻婆豆腐」らしきもの。
右後ろは酢豚風(もちろん豚ではありません。鶏の臓物を揚げた感じ)

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野菜天ぷらのようにも見える左のお皿。
右は焼きそば風。中華というにはかなり難しい味付けでうまく説明できません。
アラブ風オリエンタルな味付け。といったところでしょうか。

同席したツアーのメンバーは食欲が限りなくゼロ状態でした。
結局みなお腹をこわして食欲なし、だったそうです。

中華料理は世界各国で口にすることができる、とはいいますが、エジプトでも
中華とはねえ・・・。普通のエジプト料理の方がこの土地には合っているとは
思いました。

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エジプトツアー 食事事情(ホテル編) 

ツアーの朝食は、ホテルのバイキングでした。
西欧と同様に、卵料理、肉料理、サラダ、フルーツ、シリアル類、ヨーグルト・・と品数は
豊富で豪華でした。

ブレッド(パン)はいまひとつ。。

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アスワンのイビスアイランドホテルでの朝食。朝日が差し込んでいかにもリゾート地と
いった雰囲気でしたが、前日のアブシンベル強行軍とオットが体調崩し始めていた
ので、とにかく軽く済ませました。

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ナイルヒルトン編。西欧度もぐっとUPしてます。
特筆すべきは、肉料理。エジプトはイスラムなので豚料理はお法度です。そのため、
ソーセージもハムも豚は使用していません。
メニューを見たら、「ビーフソーセージ」「ビーフハム」でした。
いったいどんな味だろうと思いましたが、ビーフソーセージは限りなくシシカバブを
思い起こすぱさつき度合いでしたし、ビーフハムは牛肉の燻製といった味でした。

他のイスラム諸国でもこんな感じなのでしょうか・・・。

ちなみに、夜もバイキング方式でした。
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どのホテルでも似た感じでした。ルクソールのホテルではイタリアンのセットコース
だったそうですが、その日は夕食パスでしたのでわかりませんが。

とりあえずはエジプトはツアーで行く限り、食事の心配は不要です。
(疲れてお腹をこわすことは、ツアーではどうすることもできませんので)

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エジプトツアー 食事事情 

このところ、仕事や外出でブログ更新がかなり落ちています・・
エジプト旅行の記録も、記憶が薄れないうちにUPしようとしているのですが(汗)。

気がついてみると、10月も後半が過ぎ、だいぶ秋めいてきました。
エジプトのあの灼熱の暑さが遠い昔の話になりつつある今日この頃。

旅行中の食事についてよく聞かれました。
今まで欧州を旅行する時は、ガイドブック片手に予約をしていたのですが、流石に
エジプトではまったく言葉も通じないところでお手上げ状態です。
その点はツアーだとすべて食事付でしたので、あまり考えずにすみました。
もっとも、あまりの暑さに食欲もかなり落ちていたので、出たものをもぐもぐ食べていた
というのが本当のところですが。

ツアー中、朝と夜はホテルのレストランでの食事がメインでした。いずれもバイキング
方式なので、その時の食欲と相談しつつ選択。ただ、ホテルといえども生野菜は遠慮
しました。

お昼は、観光途中で観光客向けレストランでの食事でした。
エジプト料理がメインでした。予め決められたメニューがあり、後はそれぞれ飲み物を
注文する形式でした。飲物自体も、街の数倍の価格はしていましたが、それから選択
するしかありません。

たとえば、アスワンから強行軍でアブシンベルに行った日の、コンボイバスを待ちながら
食べたランチ。

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この緑色っぽい不気味なスープは、エジプトではポピュラーな「モロヘイヤのスープ」。
どろっとしているのかと思いきや、意外にさっぱりしていました。ガーリックが入っていて
それなりにこくが出ており、飲みやすかったです。

後ろに写っているのが、豆のサラダ(相当すっぱい)と野菜のピクルス。一口食べてみたら
激辛で目を白黒させてなんとか飲み込みました。辛酸っぱいというのでしょうか、想像
していたピクルスとは似ても似つかない味でした。よく見たら、なんと一緒に赤唐辛子が
漬け込まれていました。

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メインは牛肉の串焼き。サワーソースをつけて食べると美味しいといわれましたが
どうも??でした。肉はウェルダンすぎてがちがち。全体に油気がなくぱさぱさした
感じでした。まあこういうものなのだろう、と思って食べばそれなりです。
結構、ライスが付け合せに出てくるのにはびっくりしました。もちろん、ぱさぱさした外米
ですが、外国で付け合せに出てくるお米ってその方が食べやすいと思います。

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こちらは既出ですが、ピラミッド観光の日のランチ。エジプト流シーフード。
魚料理に付け合せる場合は味付けご飯になるようです。

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ルクソール観光中のランチ。イカのトマトソース煮込み。これはかなり美味しかった。
トマト味のためか、ちょっとイタリア料理に通じるところがある味付けでした。
煮立ってぐつぐつしたところを冷ましながら食べるのですが、このように火を通した料理
が多かったです。日本のように暑い夏のお昼、ということで冷や麦系の冷たい食感の
料理はついぞお目にかかりませんでした。

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デザートに出てきたケーキ。エジプトでは、お酒はだめなかわりにかなりの甘党が
多いのだそうです。このケーキも激甘。ケーキスポンジが、とても甘いシロップに
漬けてあるので、ストレートに甘いです。

そういえば、他のランチではデザートでは果物が出てくることが多かったです。
それもなぜかミニバナナが・・・。

エジプトでも、定番のファーストフードがあるそうです。「コシャリ」という炭水化物の塊
だそうですが、結局屋台などで食べるタイミングは皆無でした。ちょうどラマダン時期
だったこともありますが、食べたらまたそこでお腹を壊しそうな予感。

料理も観光客向けなのだと思いますが、敢えて街に出て現地のレストランで食事を
する勇気(と時間)はありませんでした。効率よく動くという点では、言葉の面からも
ツアーでよかったと思います。

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ハン・ハリーリのバザール 

モハメド・アリ・モスクの観光の後は、ハン・ハリーリのバザール散策。
といっても、ラマダンのためかお昼時に閉まっているお店も結構ありました。

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呼び込みの賑やかなところは賑やかでしたが、全体としてパワーダウン気味。

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なんとなく、アラビアンナイトの世界。
右手奥の赤いお皿の絵は、よく見ると古代エジプトのネフェルティティだったりしますが。
古代エジプトとアラビアンナイトのミックスで不思議な感じです。

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頭の上に大量のエジプトパン。
断食中だから、夜向けなのでしょうか?この時期、お昼に飲食しているのは観光客
だけなので。

ガイドさんの話では、子供の頃から少しずつ断食の時間を延ばして、断食に体を慣らして
いくのだそうです。それでも、この暑いエジプトで水も飲まずに日中を過ごすのは、かなり
体力的にも厳しいものだと思います。

何よりもこれでは生産性が目茶目茶低下するではないですか。
そういう考え方はイスラームの世界ではないんですね・・・。でも、この時期エジプトの
ビジネスマンはどうしているんでしょうか。

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アスワン、ルクソールでは犬がぐったりと寝てましたが、ここでは猫が熟睡中。
やっぱり、体力温存ですよね。

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カイロ モハメド・アリ・モスク 

ギザ、アスワン、ルクソールと古代エジプトの世界から、カイロに戻り
今度は一転してイスラームの世界へ。

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城塞の中に建てられた、モハメド・アリ・モスクです。
城塞自体は12世紀頃のものですが、モスク自体は比較的新しく、19世紀半ばに
完成したとか。

それまで、古代エジプト3000年にどっぷり浸かっていましたので、正直それほどの
感動はありません。ツマはもともと古代遺跡もの大好き人間なので。

ただ、小学生の頃にインドネシアに住んでいたので、見慣れていた(というか
昔懐かしい)モスクを見てエジプトがイスラム圏であることをしみじみ実感しましたが。

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モスクの中庭。この時計台が、例の「ナポレオンからもらった時計台」です。とても
ルクソール神殿のオベリスクに匹敵するものとは思えない代物ですが。(すぐ故障して
動かなくなったそうですし)

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モスク内部。靴を脱いでの観光です。
古風なシャンデリアがいわゆる西洋文化とは違う趣をかもし出していますが
点いていない電球も結構ありました。

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モスク天井部の模様。
アラベスク模様というのでしょうか、複雑で精密な、とても美しい文様です。

カイロでは、暑いといってもアスワン・ルクソールの「灼熱の暑さ」ではなく、夏の
暑い最中に観光をするといった感じです。
それでも暑いといえば暑いのですが・・・。

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エジプト ビール事情 

なんといってもビール好きなオットなので、旅行中はどうだったのか
帰国してからもよく聞かれました。

たしかにビール好きではありますが、休みの日に朝からビール三昧という
飲み方はしないようです(ツマの観察によると)。日中にビール飲まなくても
大丈夫かなあとエジプト旅行中にも観察しましたが、とりあえず日中は
ソフトドリンク類でした。ルクソール、アスワンでは不調でしたのでビールを
飲む気がしなかった模様。

とはいえ、それなりに元気な時にはやはり未知のビールは試さないと、という
ビール好きの習性が・・・

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カイロに戻ってきてから、生ビールを注文していた「サッカラ」のこちらは
缶ビール版。ギザのホテルのミニバー(冷蔵庫)に冷やしてあったのを
シャワーを浴びた後にしっかり楽しんでいたみたいです。

オリジナルはこちら↓
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写真は再掲ですが、サッカラのピラミッド。
最古の階段状ピラミッドがビール名になったのですね。

日本ならすなわち「仁徳天皇陵」ってところでしょうか!?
そしてラベルには前方後円墳のイラストが・・・(どうもピンときませんが)。

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ルクソール発、カイロに戻る 

ルクソール西岸観光後、ツマはバタンキューでしたが。
オットはバルコニーから外の風景を色々撮っていたみたいです。

今回は、「眺めのよい部屋に泊まる」ということでしたので、どのホテルも
ナイル川がよく見える部屋でした。

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ナイル川を、ゆったりとファルーカが進んでいます。
向こう岸はルクソール西岸。ちょっと奥に入ると、あの砂と灼熱の地になりますが
ナイル川岸辺は青々とした緑でのどかな雰囲気。

熟睡中のツマ、ラゲージアウトのちょっと前にようやく目覚めました。
かなり大慌てで荷物のパッキングをし、ルクソールの飛行場へ。

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飛行機が出発したのは、日没ちょっと手前のタイミング。
日が沈みかけの空って、幻想的でとても美しい。

カイロに到着したのは夜でした。荷物を受け取り、バスで宿泊先のホテルへ。
カイロで最後に宿泊したのは、ナイルヒルトン。老舗ホテルでした。
この部屋からもナイル川がよく見えます。

本日はホテル到着後は、各自夕食をとって後はフリータイム。
夕食はホテル内のレストランでバイキング。

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多少は西欧の雰囲気が・・・。でも、味付けはビミョウでした。
西洋料理というよりもちょっとアラブーな味付け。
意外にも、味付けご飯が香ばしくて(見た目はいまいちですが)
美味しくいただきました。

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そして、ここでもやはりオットはオット。(体調は低空飛行でも)

目ざとくドリンクメニューから、エジプトのビール、「サッカラ」の生ビールを
見つけて注文していました。このビール、ちゃんとグラスもサッカラのピラミッドの
イラストがついているのですよ。

軽い味わいで、エジプトのような暑いところで飲むにはちょうどぴったり、
としっかり飲んでいました。お代わりしなかったところ、まだ本調子ではないのですが
それでも注文しないわけにはいかないらしい・・・。
アスワンでは流石にビールの気分ではなかったらしいので、その点ではかなり
復活傾向ということでしょうか。

のんびりと食事をし、ホテルの部屋に戻ってその日はゆっくり休みました。

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下町ビアホール・ガブリエ 

スローペースでエジプト旅行記録を更新していますが、その合間に最近見つけた
ビアレストラン情報を。
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近所にビールを楽しむ場所がない、といっていたオット念願のお店です。
歩いてすぐ。深川不動のすぐ近所なのですが、永代通りから2本ほど奥に入った
ところにあるためか、ちょっと場所がわかりにくいです。

ツマの記憶によると、以前はイタリア小料理屋で、その後カジュアルフレンチだった
ところが今度はビアレストラン。

特筆すべきは、ビールの安さ。ギネス1パイント750円はおそらく東京で一番安い
のでは。通常のビアパブだと900円~1000円はしますので。
キルケニーも同じく750円。当然ながら、オットは両方を楽しんでました。

お店に行ったのが9月中旬だったのですが、今でもこの格安価格なのか不明です。
ビールの種類自体はそんなにはありませんが、いずれもお値段はかなり格安です。

このお店で特筆すべきは、ビアレストランといいつつ食事もしっかりできるところ。
もとフレンチだったからかもしれませんが、どれも美味しくいただきました。

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「パテ・ド・カンパーニュ」。豚とレバーにレーズンの甘みがいい感じです。

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「鴨のコンフィ」。オットが大好きな一品。かりっと焼かれていてしっかりとした
味付けでした。これが800円とは驚きです。

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「牛舌(タン)とインゲンのサラダ」。サラダ仕立て、という感じでしょうか。あまり
ドレッシングの酸味が強くなく、ジャガイモも入ってなかなかのボリュームです。

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ミッキーという、ネズミランド好きな人だったら目を輝かせそうなアメリカのビール。
オットも初めてだそうで、注文してました。瓶の形がユニークです。
味自体はラガーで軽め、ということでした。日本のビールが好きな人にはいいかも。

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ムール貝のワイン蒸し。ムール貝の粒が大きく、こちらも食べ応え満点。
この日はちょうどサービス?で通常900円のところが700円に。

どの料理もしっかりとした本格的な味付けで、フウフともに大満足でした。
ちょっと調子の乗って2人とも食べ過ぎました。ビールを飲みに行って食事も
満足できる(そしてリーズナブル)ビアレストランはあまりないので、その点
でポイント高め、です。

下町ビア・ホール Gaburire(ガブリエ)
江東区富岡1-8-7
03-3643-0115

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ルクソール西岸観光、つづく 

王家の谷の観光が終わり、またバスに乗って今度はハトシェプスト葬祭殿へ。

朝10時前だというのに、日差しが強くて参りました。
葬祭殿めざしててくてく歩きます。本当に砂の中にあって湿気とは無縁の世界です。
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ここで、1997年にテロで日本人を含む観光客が多数死亡したんですよね・・。
ハトシェプスト葬祭殿は、今でも多数観光客がつめかける人気スポットですが、それでも
銃を持った警備体制。
アルシンベルの強行バスツアーの時もそうですが、こういう場面でやはり危険がない、
とは言い切れないのだなあと実感します。

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こちらは、ハトシェプスト葬祭殿の隣に石の残骸だけ残っている、メンチュヘテプ2世の
葬祭殿のあとらしいです。中王国時代のもの(ハトシェプスト女王は新王国時代)と
古い時代であることは間違いないのですが、それにしてもなぜ彼女の葬祭殿は
こんなにしっかりと残っているのでしょう?

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葬祭殿を後にし、今度は貴族の墓に行きました。
「泣き女」で有名な、ラモーゼの墓へ。

貴族の墓のある周辺は、どこがお墓でどこが現在の居住なのかがよくわかりません。
日干しレンガ造りというのもありそうですが。

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ラモーゼは、アメンヘテプ3世とアクエンアテン(その次のファラオがツタンカーメン)
に仕えた宰相で、お墓の中にも立派な閉花式のパピルス柱が立ち、とても立派な
造りでした。お墓の中のレリーフがとても精巧で美しかったのですが、残念ながら
こちらも写真撮影は禁止。泣き女もしっかりと記憶してきました。古代のものとは
思えない鮮明な色合いと、嘆き悲しむ様子がまさに「胸をかき抱いて」というか・・
(まあ胸をはだけてというのが正確です)形式として決まっているのだと思います。

お墓の中は結構しのぎやすかったのですが、一歩外に出るとまた灼熱の世界に。
乾燥しまくりの暑さにツアーメンバもすっかりばてばて。無言でバスに乗り込み、
ミネラルウォーターで水分補給に努めます。

西岸観光の最後は「メムノンの巨像」。
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アメンヘテプ3世の姿ということですが、この像の後ろには、アメンヘテプ3世の
葬祭殿があったのだそうです。ちょっと写っている観光客と大きさを比較すると、
相当巨大なものだったのだろうと推察されます。

このあたりでだいたい11時頃だったと思います。
午前中の時間帯でしたが、あまりの暑さに相当体力を消耗しました。

ツアーにつきもののお土産屋さんに立ち寄ってから、お昼を食べてホテルに
戻りました。夕方ルクソールを発って、空路カイロに戻ります。
その間は各自休息をとってください、ということでしたが・・・。

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バタンキュー状態のツマ。その後、夕方まで記憶がありません・・・。

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いよいよ、王家の谷へ 

ホテルを出発して、バスでルクソール西岸へ。
橋で東岸から西岸に渡り、さらに内陸に向かって走ります。
ナイル側沿いは緑で青々として畑が広がっているのですが、すこし内に入ると
とたんに周囲は砂だらけに変わってきました。

20分ほど走った後でしょうか、王家の谷の観光センタに到着です。
ここでツアーガイドさんがまとめてチケットを購入し、いよいよ王家の谷へ。

まずはこのような電気トロッコに乗って内部まで進みます。
徒歩の人たちも見かけましたが、ここは体力温存ということで。この時点でもう空は青く
晴れ渡り、サングラスなしでは光が強くて目が開けられない状態です。

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トロkッコを降りたところ。一面、岩・石・砂が広がっています。
植物などまったく存在しておりません。

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なぜ、こんな地帯に穴を掘ってお墓を作ったか、なのですが、一説にはこの中央の山の
頂の三角をピラミッドに見立てたのだそうです。ピラミッドに見立てたその下にお墓を作り、
来世を願ったのだとか。

古代より度重なる墓泥棒(豪華な副葬品目的で)により、安らかな眠りが妨げられることを
恐れたため、この地にお墓を作ったのだそうですが、結局はほとんどが盗掘にあって
しまったとか。

唯一残っていたのが、かの有名なツタンカーメンのお墓。
お墓があったことすら忘れ去られ、その上に人夫小屋が建てられていたためにずっと
長い間盗掘にあうことなく至ったとのこと。

王家の谷では、3名のファラオの墓への入場と、ツタンカーメンの墓入場の2枚チケットが
必要です。ツタンカーメンのお墓は特別扱い。

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こちらはツタンカーメンの発掘の様子を記した資料がある休息所。
このあたりも特別扱いです。

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ツタンカーメンのお墓の入り口。「No62」というのは、62番目に発見されたお墓ということ。
子供のころから、ハワード・カーターの発掘の話など図書館で本を借りて一生懸命読んだ
ものです。そのツタンカーメンといよいよ対面。

ツタンカーメンのミイラが82年ぶりに王家の墓の外に運び出され、初めてCTスキャンで
調査した時の映像をテレビで見ました。そのときに、すっかり炭化した?かで真っ黒に
なったツタンカーメンの素顔を見たのですが。なんと、今ツタンカーメンのミイラは今まで
眠り続けていた石棺から、ガラスケースに移って見学できるというではないですか。

それだけでも、遠くエジプトまで来た甲斐があるというものです。
古代エジプトファンにはとても夢のような出来事です。今まで、ツタンカーメンのミイラ
だけはカーターの遺言によりお墓の石棺の中で永遠に眠り続けているということを
聞いていたのですから。ツタンカーメンの素顔とのご対面です!
・・・と今思い出しただけでも興奮しているのはツマだけかもしれませんが。

お墓の内部は本当にファラオのものとは思えないほどこじんまりしていました。
後でカイロ博物館で見た、豪華巨大な厨子でもう満員状態の玄室。
今も鮮やかに壁画が残っているのですが、神官のアイ(ツタンカーメンの死後に王位
を継いだ)がヒョウの毛皮をまとい、とてもセクシー?なのが印象的でした。
確かツタンカーメンが死亡した時点でアイは相当なおじいちゃんだったはずですが。

そして、石棺から移動してガラスケースに収められているツタンカーメンのミイラとも
感動のご対面です!やっぱりテレビで見たとおり、黒っぽくてかなり小柄(実際には
ミイラになる過程でサイズが縮んだはず)な王様でした。小柄でしたが、果たして
少年の若い王だったのかは、ミイラとなったところではもうわかりませんでした。

有名な黄金のマスクのような顔立ちだったかなあ・・とじっと見たのですがよく
わかりません。
ちょっと口が開いてだいぶお疲れ~といった雰囲気に感じてしまいました。

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そして、なぜかラムセス2世には反応してしまうツマ。
王家の谷でもしっかりありましたよ。「ラムセス2世の王子たちのお墓。」
100人とも言われるラムセス2世の王子たちのお墓とみなされているそうです。
非常に巨大で、現在も調査中ということです。

ツタンカーメンのお墓以外では、ラムセス1世、3世、4世と見学しました。
いずれも中には何も残っておらず、色鮮やかな壁画が残るのみ、でしたが
古代エジプト人の世界観がわかる絵があったり、死後の世界の様子が
描かれていたり。。

もっとじっくり見たかったのですが、どれも時間制限が(ツアーの悲しさ)。
灼熱の中で、いるだけで体力消耗してしまうので実際、時間がたっぷりあったと
してもへろへろだったかもしれません。

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