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アウシュビッツⅡ(ビルケナウ強制収容所) 

アウシュヴィッツ第一強制収容所から約3キロ先のビルケナウに第二強制収容所があります。
アウシュヴィッツ第一強制収容所は、もともとはポーランドの政治犯を収容するために作られた建物でしたが、ビルケナウにある第二強制収容所は、当初はソ連軍の捕虜収容所として計画されていましたが、最終的には最大のユダヤ人殲滅施設となりました。

バスを降りてます最初に、進入門の2階の部屋に向かいました。

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2階の窓から収容所が見えます。とても広大な敷地が延々と広がっていましたが、アウシュヴィッツ第一とは異なり、建物はほとんど残っていませんでした。

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鉄道の引込線が見えます。アウシュヴィッツ博物館で見た、列車から大量の人々が降り立った降車場(ランペ)はここでした。

2階から降りて、進入門をくぐって収容所の中に入ります。

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「アウシュヴィッツ」でよく見た写真はこの門です。ここが第二強制収容所であるビルケナウだったのだと初めて知りました。

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ランペ(降車場)に当時輸送に使われた貨車が置かれています。
窓もないこの貨車にユダヤ人が大量に押し込められ、座る場所もない状態で輸送されてきたそうです。過酷な環境で輸送中に亡くなる人もいたというのももっともだと思います。

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ここで貨車から外に出たところで選別が待っていたのです。博物館の施設内で見た写真が脳裏をよぎりました。

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線路の終端に花が供えられていました。

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降車場の先にはガス室と焼却炉がありましたが、ドイツ軍が撤退する際に証拠隠滅のため爆破されたそうです。
当時の建物の状態を示す説明書きがありました。

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線路を挟んでガス室・焼却炉ⅡとⅢがありましたがいずれも爆破され、その状態で今日まで残っています。

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広大な敷地には木造のバラックが立ち並んでいたはずです。今ではその跡に煙突の残骸を残すのみです。

ビルケナウでは最大9万人が収容されていたそうですが、今ではもうほとんど何も残っていません。広大な敷地に青々とした緑が生い茂って当時の痕跡がほとんど残っていないことに大きな衝撃を受けました。博物館として建物が残っているアウシュヴィッツの第一強制収容所を見た時以上のものだと思います。

自分自身がこのような状況になった時に、周囲の雰囲気に安易に同調せずにいられるのか、正直大丈夫だとと言い切る自信はありません。とはいっても、人間は、人間に対して過去にこのような残虐行為を行ったという事実を認識し、その事実を踏まえて今後にどう対応していくことが出来るのか、自分なりの答えを出していきたいと思っています。

とても重い気持ちになるところですが、ポーランドを訪れる機会があった時にはこの地で過去何が起こったのか、是非ご自身の目で確かめていただきたい、そういう場所であると感じています。
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テーマ: ヨーロッパ旅行記

ジャンル: 旅行

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