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ルクソール西岸観光、つづく 

王家の谷の観光が終わり、またバスに乗って今度はハトシェプスト葬祭殿へ。

朝10時前だというのに、日差しが強くて参りました。
葬祭殿めざしててくてく歩きます。本当に砂の中にあって湿気とは無縁の世界です。
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ここで、1997年にテロで日本人を含む観光客が多数死亡したんですよね・・。
ハトシェプスト葬祭殿は、今でも多数観光客がつめかける人気スポットですが、それでも
銃を持った警備体制。
アルシンベルの強行バスツアーの時もそうですが、こういう場面でやはり危険がない、
とは言い切れないのだなあと実感します。

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こちらは、ハトシェプスト葬祭殿の隣に石の残骸だけ残っている、メンチュヘテプ2世の
葬祭殿のあとらしいです。中王国時代のもの(ハトシェプスト女王は新王国時代)と
古い時代であることは間違いないのですが、それにしてもなぜ彼女の葬祭殿は
こんなにしっかりと残っているのでしょう?

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葬祭殿を後にし、今度は貴族の墓に行きました。
「泣き女」で有名な、ラモーゼの墓へ。

貴族の墓のある周辺は、どこがお墓でどこが現在の居住なのかがよくわかりません。
日干しレンガ造りというのもありそうですが。

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ラモーゼは、アメンヘテプ3世とアクエンアテン(その次のファラオがツタンカーメン)
に仕えた宰相で、お墓の中にも立派な閉花式のパピルス柱が立ち、とても立派な
造りでした。お墓の中のレリーフがとても精巧で美しかったのですが、残念ながら
こちらも写真撮影は禁止。泣き女もしっかりと記憶してきました。古代のものとは
思えない鮮明な色合いと、嘆き悲しむ様子がまさに「胸をかき抱いて」というか・・
(まあ胸をはだけてというのが正確です)形式として決まっているのだと思います。

お墓の中は結構しのぎやすかったのですが、一歩外に出るとまた灼熱の世界に。
乾燥しまくりの暑さにツアーメンバもすっかりばてばて。無言でバスに乗り込み、
ミネラルウォーターで水分補給に努めます。

西岸観光の最後は「メムノンの巨像」。
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アメンヘテプ3世の姿ということですが、この像の後ろには、アメンヘテプ3世の
葬祭殿があったのだそうです。ちょっと写っている観光客と大きさを比較すると、
相当巨大なものだったのだろうと推察されます。

このあたりでだいたい11時頃だったと思います。
午前中の時間帯でしたが、あまりの暑さに相当体力を消耗しました。

ツアーにつきもののお土産屋さんに立ち寄ってから、お昼を食べてホテルに
戻りました。夕方ルクソールを発って、空路カイロに戻ります。
その間は各自休息をとってください、ということでしたが・・・。

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バタンキュー状態のツマ。その後、夕方まで記憶がありません・・・。
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